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神のいつくしみ - 心の重荷をゆだねて‐

聖母被昇天とかぐや姫

今は亡きある司祭が作ったプリントに、聖母とかぐや姫の関係が書かれていました。


竹取物語の一説が取り上げられていて、月からお迎えが来てかぐや姫が天に昇るのが815日だという箇所でした。それは旧暦ですから今では915日あたりでしょうが、815日が祭日である聖母の被昇天を思い出させます。


9月中旬と言えば中秋の名月、かぐや姫が天に昇るのにふさわしい季節です。


その司祭はこの一致を日本の信徒に思い出させたかったのでしょう。



子宝に恵まれなかった高齢の夫婦が竹の中に見つけた赤子、それはマリアの両親、ヨアキムとアンナが高齢まで子宝に恵まれなかったという言い伝えを思い出させます。


竹の中で見つかった子供は、両親の原罪の影響を受けず、無原罪で母の胎に宿ったマリアを彷彿とさせます。


マリアもかぐや姫も処女のまま一生を終え、天に迎えられ、心も体も天に上げられます。


キリストを太陽とすれば、太陽の光を反映するマリアは月にもたとえられてきました。



女性的なる者が天に上げられるとか神的な者にされるとかいう話や神話は世界中にあると、世界的に著名な精神医学者であるユングは語ります。全人類の意識の底にある憧れを表わしていると言います。


このユングは1950年にカトリック教会が聖母マリアの被昇天を教義決定したときに、本人はカトリックではないにもかかわらず、感動のうちにこれを受け入れました。この教義決定が全人類の精神的な救い(本人が意識するとしないとに関わらず)に与える影響は疑いえないと断定します。



日本人が憧れをもって読み伝えてきた竹取物語のかぐや姫は、カトリックの中で現実味を帯び、実在的な存在となります。彼女は歴史的に存在した方であり、無原罪の恵みを受けて母アンナの胎内に宿り、キリストを産み育てて神の母となりました。生涯処女であり、かつ母であり、使命を終えて心も体も天に上げられました。


このキリストの母は、十字架上のキリストの遺言によって同時に私たちの母となり、今も信じる民の一人ひとりをご自分の子として見守り、その日々を計らい、守り、とりなし、同伴してくださいます。


この世を終えた人々は天において待っておられる母と出会い、永遠の命の中にともに包まれます。


聖母マリアの教義が私たちを精神的に平和にし、安定させ、希望を与える力は大きいものです。私たちは聖母マリアに関する教義にも支えられながら、キリストの道をいっそうよく歩むことができることでしょう。





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by michel-321 | 2021-11-09 15:00

私の平和と幸せを望んでくださる神のいつくしみに出会いたい
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